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最高裁判所第三小法廷 昭和30年(オ)709号 判決 1957年4月30日

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告理由第一点について。

地方税法二九五条一項一号にいう「前年中」の意義がいわゆる「前年度中」を指すものではなく、前年の一月一日から一二月三一日までを意味するものであること、原判決が判文中数箇所において「前年度」の用語を使用していることは、所論のとおりである。

しかし、原判決が「前年度中」なる用語をとくに「前年中」と区別して使用した形跡はなく、これと同義に用いたものと解すべきであるから、所論は採るに足りない。

同第二点について。

論旨(末段部分を除く。)は、被上告人が所得の根源としての農業に従事していたというためには、被上告人が重労働しての農耕以外の軽作業に従事していた場合でも足り、また本業以外の副業に従事していたことでも十分であり、さらに、必ずしも業として農業に従事していたことを必要とせず、また消極的な形で夫の農業経営に寄与したことでも足りるのであるから、原審証人の証言から、被上告人がこれらの形で農業に従事していたことは十分認められるはずであるのに、原審がかような認定をしなかつたことは実験則に反するというのである。

しかし、原審の認定するところによれば、被上告人の夫豊二は、田畑二反余を所有し、主として日傭人夫を使用して農耕に当らしめ、自らは単にこれを指図するという形で農業を営み、被上告人は豊二の妻として、お茶くみや食事の世話程度の仕事をしていたに過ぎないというのであり、この認定が経験則に反するということはできない。右認定事実によれば、被上告人は、夫豊二と共同経営者の立場で農業を経営していたといい得ないのはもとより、豊二の農業経営の直接の補助者として農業に従事していたともいい得ず、同人は、単に農業経営者たる豊二の家庭において家事労働に従事することによつて、せいぜい、間接に豊二の農業経営に寄与していたに過ぎないものというべきである。かような場合、わが国今日の社会観念によれば、農業経営による収入は、もつぱら、夫豊二の所得であつて、被上告人には、農業による所得はなかつたと解さざるを得ない。この関係は、あたかも、一般勤労者や事業者の妻が家庭において家事労働に従事することにより間接に夫の勤労従事や事業経営に寄与している場合と異なるものではなく、わが国今日の社会観念では、かような場合、所得はもつぱら夫の所得とされ今日の税法体系も、このような社会観念を前提としていることは明らかである。本件において、被上告人が茶くみや食事の世話をしていたとしても、同人の労働は、一般の家事労働の域を出るものとは認められないから、原審が被上告人に独立の所得がなかつたと判断したことは正当であり、論旨は、原審の事実認定を攻撃するのでなければ、原審の認めないとする事実を前提とし、独自の見解に立つて原判決を攻撃するものであつて、採るに足りない。

論旨末段部分は、採証法則違反を云為しているが、論旨の主張する乙号証だけでは、被上告人が実際に農業に従事していたもと認むるに足りないことは、原審の判断するとおりである。

同第三点について。

論旨前段部分は、原判決には地方税法の解釈を誤つた違法があると主張するのであるが、原審の認定した事実によれば、被上告人には農業による所得はなかつたものと解すべきであること、論旨第二点について説明したとおりであるから、原審が被上告人には地方税法二九五条一項一号該当者として町民税を課することはできないとして本件賦課を取消したことはもとより正当であつて、原判決には所論の違法はない。

その他、論旨は課税の権衡を云為しているが、原審の認定によれば、夫豊二の前年中の所得は一〇万円以下であつて、その年令は六五才以上であり、妻には所得はないというのであるから、かような場合、夫が町民税を免除されるときは、妻も同時に町民税を収めないこととなるのは、法の趣旨からいつて当然であつて、論旨が負担権衡を云為して原判決を攻撃するのは、法の趣旨を誤解するのでなければ、原判決の認めない事実を前提としてこれを非難するものであつて採り得ない。

なお、本件課税処分が原判決のいうような理由で取り消されても、これによつて、末吉町は単に特定人に対し特定年度の町民税収入を失うに過ぎないから、それが直ちに公共の福祉に反するといい得ないことはいうまでもないところであつて、原審が行政特例法一一条を適用しなかつたことは正当である。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 島 保 裁判官 河村又介 裁判官 小林俊三 裁判官 垂水克己 裁判官 高橋潔)

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